廃車とは、使用することをとりやめて、不用なものとして自動車を棄てる手続きをすることです。あくまでも道路運送車両法という法律にのっとって、自動車の所有者が行なう手続きのことです。この手続きには一時抹消登録と永久抹消登録の2種類があります。

一次抹消登録

「一次的にその自動車の使用を中止する」ケースに行います。「一次的」ですから、使用を再開できる可能性の目が残っています。適正に一次抹消登録をすることで、自動車税、重量税などの税金の納付の義務から解放され、車検整備や自賠責保険、任意保険の費用の負担もなくなります。

永久抹消登録

もう運行の用に供さないと判断し、自動車リサイクル法に基づいてスクラップにすることです。スクラップとは、自動車を解体し、プレス等で破砕して廃車ガラとします。残ったガラの中の金属等で有用なものはリサイクル(再循環)します。1台の自動車がその生涯を終える時です。この状態の自動車を、リサイクル法では「使用済み自動車」といいます。なんともあからさまな表現、もう用なしですよという悲哀がこもった言葉です。人間の世界にたとえると一次抹消は定年退職、永久抹消は人生の終焉に置き換えることができます。

整理、整頓という言葉があります。この二つの言葉の仕分けをしてみます。整理とは、必要なものと不用なものを区分して、不用なものを処分することです。整頓とは、必要なものを置く場所と置き方を決めておき、必要なときに使いやすい状態にしておくことです。
つまり永久抹消は、地球環境の整理になります。

廃車することの光と影

1台の自動車を安全、安心、快適に使用できる期間には限りがあります。これを人々はその車の「寿命」と言います。年代が古くても、使用状態が良くて、伝説的で芸術的な価値を持つマニア垂涎の名車でない限り、遅かれ速かれスクラップされて圧縮した鉄の状態に姿を変えることが、自動車の宿命です。

一つの記事で、廃車についてのあらゆる面をカバーすることは困難です。ここでは、廃車を決断することによって変化する、そのオーナーを取り巻く環境について綴らせていただきます。

廃車によって得られる光

絶え間ない進化で変貌しつつあるのが、自動車の先端技術です。「日進月歩」どころか「秒進分歩」ではないかと思うほどです。年式が古い自動車を使用済自動車にすることは、地球規模の環境問題にとって、もはやすたれた技術をスクラップにすることを意味します。地球温暖化に対応するため、自動車の燃料消費率の向上、クリーン・エネルギー車の開発などにより、環境保全性能は飛躍的な上昇を遂げています。世に送りだされた年代が古く、環境保全に一翼を担わない自動車が永久抹消の道を歩むことによって、先端技術の自動車に変換される新陳代謝が活発になれば、局地的な環境問題への取り組みになります。

しかし、長年の技術開発によって壊れなくなったことも一つの要因として、代替(買い替え)年数は年々長くなっています。短い買い替え期間で回転率の高い推移を望むメーカーとすれば、この板ばさみの状況は頭痛の種です。



廃車が落とす影

自家用車は単なる移動手段ではありません。カタカナ英語であるマイカーには愛車という言葉があるように、日本人の心情が詰まっています。それは愛車とは、「日常生活で好んで乗って、気に入って大切にしている車」であることで良く分かります。愛車は移動だけでなく、オーナー自身とその両親、妻、家族、友人、恋人たちとともに過ごした過去の素敵な歴史が漂う空間です。人間とは不思議なものです。その空間で交わした会話や、目にした風景が、その相手のことが、いつまでも記憶に残っています。

廃車とエコ生活について

エコについては、様々な考え方があります。限りある資源を無駄にしないで有効活用して、循環型社会を作り次世代へバトンを渡すためには、様々な取り組みが必要です。国内で年間約400万台発生している使用済自動車のうち、輸出されるもの以外の殆どがリサイクル(再循環)の対象となって、再資源化されています。新車の開発段階から、リサイクルしやすい自動車の開発が行なわれ、生産、使用、廃車の流れの中で一貫した管理に基づいた再資源化が進められています。使用済自動車の問題として、自動車の不法投棄や解体した後に残る廃棄物の不適切な処分により生じていた、環境汚染の問題解決を主眼として、今から15年前に「自動車リサイクル法」が制定されました。

そんな中で、「自動車は大事に長く乗り、最後まで使い切ることがエコの精神を貫くことになる」との考え方も存在します。長く乗れば、当然棄てるものが減り、新たに生産するエネルギーも増えません。しかしそれだけでは、経済活動が縮小します。以上のように、落し所の見つけ方は簡単ではありません。二律背反、「あちらを立てればこちらが立たず。」です。結局、人様に迷惑をかけないことに配慮して、自分の嗜好や主義主張に殉じて判断すれば良いのではないでしょうか。